Sunday, May 05, 2024

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Walking on Planet C with The BBC

September 15, 2012


この数日の間、僕は惑星CをBBCラジオの Paul McClean と歩いている

この数日の間、僕は「惑星C」をBBCラジオの Paul McClean と「歩いて」いるんだ。僕の万屋アシスタントであるリッチ・ヒルトンも一緒にね。「惑星C」というのは癌にやられてからの僕の人生を表すのに自ら作った造語だ。歩くことは自分でコントロールできるセラピーのメイン部分なんだ。歩くことは身体にも心にも良いよね。全身のフィットネスを手助けしてくれるし、僕が自分自身を保つ為の、一日の中でとても平和なひとときでもある。ウォーキングの間、僕は決して音楽プレイヤーを携帯しないんだ、何故って音楽はいつも僕の頭の中で鳴っているからさ – それらの音楽は散歩中に遭遇する光景や音にインスパイアされて(選ばれて)いるよ。

二十一ヶ月の中で、今回が他の誰かと歩くのは僅かに二回目(※)となる。Paul McClean は僕の自伝 "Le Freak" を読んでくれて、ベルファストで僕にインタヴューをした人物。彼は僕のフリーキーなこれまでの人生の場面場面を、そして現在進行中の(僕の人生という物語の)章を見たがったんだ。歩き始める前に僕は彼にこう言ったよ、「約束するけど、君が僕の見聞きする全ての事を捉えるのは不可能だからね。何故って僕にはニュー・ヨーク市のどの通りに関してもロックンロールなストーリーがあるからだよ」とね。(※)訳註:「ウォーキングを始めて」=「癌治療を始めて」となる。一回目の一人ではないウォーキングは日本の WOWOWスタッフ撮影隊が同行した昨年夏のものと思われる

僕らは125番通り - アポロ・シアターのある通りから歩き始めた。そこのハウス・バンドのメンバーだった七十年代に、僕はリストが尽きない程のヘヴィー級の面々のバックを務めたんだ:パーラメント=ファンカデリック、ベティ・ライト、アリーサ・フランクリンそしてスクリーミング・ジェイ・ホーキンズはそのリストの一部さ。続いて僕らは東へ向かった。すると僕は突然、その向かいのランドール島でジミ・ヘンドリクスが演奏したのを最後に観たのを思い出したんだ。そして僕らは125番通りと 7thアヴェニューが交差している場所にあるクリントン(元)大統領の事務所にさしかかり、一時間ぐらいの差でポール・サイモンとすれ違いだったと聞かされたよ。ポールと僕は何年も前から友達で、何度も共演しているんだ。

僕らはその角を曲がり、旧ブラック・パンサー党ハーレム支部が在った場所へと 7thアベニューを進んだんだ。その途中で僕は警官に名指しで歓迎されて握手をし、音楽の話をした。六十年代にさかのぼって、僕がプラック・パンサー(党員)だった時、僕はその時も警察機動隊、略してTPFと呼ばれる警官(隊員)に「歓迎された」もんさ。ブラック・パンサーの事務所は解散(閉鎖)し、今は美容院になっているんだ。(続く:BBCと共に惑星Cを行く[Walking on Planet C With the BBC])

 


彼は僕のフリーキーなこれまでの人生の場面場面を、そして現在進行中の(僕の人生という物語の)章を見たがった


僕らはアポロ・シアターのある125番通りから歩き始めた


僕はアポロでベティ・ライトとギグをした


僕は昔スクリーミング・ジェイ(・ホーキンズ)とギグをした


僕はアポロでファンカデリックとジャムった


ジミ・ヘンドリクス - ランドール島での彼の演奏を観たのは彼の死の数ヶ月前の事だった


ハーレムでのビル・クリントン大統領(当時)


ポール・サイモンと僕、僕の(ウィー・アー・ファミリー)基金ガーラ・コンサートで演奏中


アカデミー賞ノミネイト歴をもつ映画監督/作家のジャマール・ジョゼフ、十六歳、ブラック・パンサー党支部の事務所前にて


僕はハーレムで警官に名指しで歓迎されて握手をし、音楽の話をした


警官に「歓迎」された - 僕は十六歳、向こうから五人目の奴 - メタル・フレイムの眼鏡を鼻に乗せている - ジャマールは収監中 - パンサー21(訳註:1969年の四月二日に起きた事件)


昔ブラック・パンサー支部があった所は現在美容院になっている

 


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Category: -惑星Cを行く[C: cancer、癌]-

Tight A$$ Dance Music

September 11, 2012


僕はビシッとキメたダンス・ミュージックを僕とパフォームするべく何人かの友達を招集した

2012年の七月十三日、僕は僕と共に何人かの友達をスイスのモントルーに招待(招集)して、ビシッとキメたダンス・ミュージック(Tight A$$ Dance Music)を演奏したんだ。

 

以下のビシッとキマったフォトは Alexandre Guidetti 撮影のもの


朝の僕


ザ・ヒットメイカー(訳註:ナイル・ロジャーズ自身が命名した愛機)


Scarlett Etienne


Johnny Marr


DJ中の Ultra Nate


CHICの Don Harris と Bill Holloman


Alison Moyet


CHICの Selan


La Rouxの Elly Jackson


CHICの Ralph Rolle


Mark Ronson


CHICの Kimberly Davis


Folami


Taylor Dayne


CHICのビシッとキメたダンス・ミュージックで舞台上のみんながパーティーしているところ

 


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SRV #GuitarPorn

September 9, 2012


我が友、驚異的なギターリスト、スティーヴィー・レイ・ヴォーン

七十年代と八十年代を振り返ると、ジェット機で飛び回る様に世界中でパーティーが続けられていたよ。それは大規模なクラブと向こう見ずな楽天主義、そしてヒュー・へフナー(※1)のプレイボーイ・マンション(※2)の時代で、最先端で楽しかった。でもそんな日々も今は昔、航空保安官、靴や下着に爆弾を隠した爆弾犯、TSA(運輸保安庁)などが登場する以前の無垢な日々だね(※3)。

あれから僕は何百マイルも飛行機で旅をしてきて、航空会社の社員の中には一生の友と呼べる仲になった人も居るよ。その一人がデルタ航空の Scott Roper 機長。彼は音楽が大好きでギターも弾く。僕らが会ったその日、彼は僕がデイヴィッド・ボウイーの『レッツ・ダンス』やザ・ヴォーン・ブラザーズの『ファミリー・スタイル』をプロデュースした奴だという事を知っていたんだ。

僕はもう何年も前から Scott を知っているけど、昨日彼が電話をしてきてこう言ったんだ「ヘイ、ナイル、僕は We Are Family Foundation に僕の持っているスティーヴィー・レイ・ヴォーン・モデルのギターを寄付したいんだ。バディ・ガイのサイン付きで、彼は 『(このギターの色の)仕上げは俺が買ったやつより良いからクリア・テープの所にサインをさせてくれ』 って言ったんだ」とね。

僕は吹っ飛ばされた気持ちになり、彼には感謝してもしきれなくない。僕はスコットがこのギターを愛していて、以下の写真からは、それがまるで SRV自身のギター・コレクション(SRV #Guitar Porn)みたいだとしか言えないよ。(※4)

※:訳註

(1)米本国版「プレイボーイ」誌創業者/編集長

(2)ヘフナー氏の自宅。正妻や多数のプレイメイト(プレイボーイ誌のセンターフォールド頁を飾ったモデル)と同居しパーティー三昧でった事で知られる

(3)近年のテロ対策としての色々を指す。私服の保安官が同乗する様になり、セキュリティー・チェック時に一般乗客へも靴を脱いでの検査が行われる様になった。TSAは9/11後に設立された公共移動の安全を管理する機関。

(4)それぐらい楽器の保管状態が良いという意味か?

 


七十年代を振り返ると、ジェット機で飛び回る様に世界中でパーティーが続けられていた - これはヒュー・へフナー所有の「ザ・ビッグ・バニー」と呼ばれた自家用ジェット機


デルタ航空の Scott Roper 機長は音楽が大好きでギターも弾く


スティーヴィー・レイと奥はジミー・ヴォーン、僕らが『ファミリー・スタイル』を録音していたとき


ザ・ヴォーン・ブラザーズと『ファミリー・スタイル』をレコーディング


デイヴィッド(デビッド)・ボウイー、スティーヴィー・レイ・ヴォーンと僕


スコットのSRVモデルのストラトキャスター。バディ・ガイのサイン付きで、彼は『(このギターの色の)仕上げは俺が買ったやつより良いからクリア・テープの所にサインをさせてくれ』と(スコットに)言った


僕はスコットがこのギターを愛していて、以下の写真からは、それがまるで SRV自身のギター・コレクション(SRV #Guitar Porn)みたいだとしか言えない


僕、ザ・ヴォーン・ブラザーズ『ファミリー・スタイル』の時に金メッキ仕上げのストラトキャスターを弾いている


ザ・ヴォーン・ブラザーズのトゥアー・シャツ(訳註:アルバムの完成直後にスティーヴィー・レイが事故死しトゥアーは行われなかったので、タグを持ち未使用を強調しているのだと思われる)


ザ・ヴォーン・ブラザーズのギター庫の一部


引き続きザ・ヴォーン・ブラザーズのギター庫の一部


Dawn Ciolfi と Scott Roper、デルタ航空JFK空港にて


スティーヴィー・レイ・ヴォーンが参加している僕のプラチナ・アルバムの中の何枚か - 『レッツ・ダンス』と『ファミリー・スタイル』

 


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When Death Comes Knocking

September 4, 2012


夏は正式に(本格的に)終わりを告げ、いま我々アメリカ人は仕事に戻る

夏は正式に(本格的に)終わりを告げ、いま我々アメリカ人は仕事に戻るところだ。(でも)今までの僕の人生のどの夏よりも僕はこの夏ハードに働いたよ - 各種イヴェント期間の書き込みをしてある以外、カレンダーは僕にとってあまり意味を持たなかったほどさ。僕の人生は終わりのない旅、迷路、トンネル、窓そしてドアを通る、しかもそのどの先にも何があるのかはわからない旅なんだ。

今年の夏、僕は数え切れない程のショウをし、一連のレコードでギターを弾き、数多くの曲を書き、何十ものブログを投稿し、相当数の本や各種団体のイヴェントで本について語り、新聞に記事を数本執筆し、何千ものスナップ写真の撮影をしたよ。僕はいつもハードに仕事をこなしているけど、約二年前に進行性の癌にかかってからは自分の仕事量を二倍以上にしたんだ。僕は、死がドアを叩きにくる時(When Death Comes Knocking)に、玄関で答えるには忙しすぎる状態にしておこうと思ってるのさ。

 


今までの僕の人生のどの夏よりも僕はこの夏ハードに働いた!!


僕の人生は旅、その先に何があるのかはわからない終わりのない迷路を通る旅だ


今年の夏、僕は数え切れない程のショウをした


キムと僕、"アイヴィーサ123" で「グレイテスト・ダンサー」を演奏中


僕、アダム・ランバート「シェイディ」でギターを弾いているところ


パブロ・ピカソのケイプ(マント)・メイカーのケイプをまとった僕、僕のアパートで伝説的なブルース・ウェバーに撮影されているとき


本のイヴェントでスタッフTシャツにサイン中(彼女の着衣中に)


僕は音楽人ビリー・マンと共にドラフトFCBアド・エージェンシーでスピーチした


僕は新聞に記事を数本執筆した


癌手術後の最初の食事、この後、僕は仕事量を二倍以上にした


僕はこの夏、何千ものスナップ写真を撮影した

 


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To Save My Life

August 31, 2012


今日、僕は野生のマンドリルが窓の外にいる夢をみた

今日、僕は自分が夢を見ているとわかる前に悪夢で目を覚ました。野生のマンドリルが窓の外にいて、カメラを取りに走るか命を守るべく走って逃げるかどちらにするかわからないという夢をみたんだ。周囲を見回して、僕に襲いかかるような野生の霊長類がいないことを確かめたよ。

時計を見て寝坊した事に気が付いた時、僕の平和なひとときは短命に終わったよ。僕は急いで支度をした。何故かというと僕はドゥレクセル大学の学部長補佐とのミーティングの予定を入れていたからね。

今年の初めに、僕は人文学の名誉博士号を(ドゥレクセル)大学から授与されているんだ。本当に名誉な事で、これからも常に大切にしていくつもりだよ。授与されるにあたっては「七歳にして、アメリカ合衆国の教区立学校システムのずる休みアメリカ国内記録を作った奴にしては悪くないじゃないか」と考えずにはいられなかったね。

ドゥレクセル大学はペンシルヴェイニア州フィラデルフィアに在って、あの有名なシグマ・サウンド・スタジオのテープ・ライブラリーを保管する中心地でもある。彼等は R&B、ポップそしてダンス・ミュージックにおいて重要な役割を果たした貴重な音源を幸運にもずっと保管(セイヴ)してきている。今日(こんにち)まで僕の人生も救って(To Save My Life)くれている音楽の数々さ。

 


ミーティングがあったので僕は急いで着替えた


ドゥレクセル大学の学部長補佐、Louisa Hanshew と会う為に車を走らせる


今年初めに僕は人文学の名誉博士号を授与された


本当に名誉な事で、これからも常に大切にしていくつもりだ


七歳にして、アメリカ合衆国の教区立学校システムのずる休みアメリカ国内記録を作った奴にしては悪くない


毎日、音楽は僕の人生を助け続けてくれている


ドゥレクセル大学はペンシルヴェイニア州フィラデルフィアに在り、あの有名なシグマ・サウンド・スタジオのテープ・ライブラリーを保管する中心地でもある

 


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Serene, Almost, but Not Indifference

August 28, 2012


アイルランド、ベルファストでの "Le Freak" ブック・パーティーにて、(現地の)新たな友達と

僕の自伝 "Le Freak" が発売されてからそろそろ一年が経とうとしている。この間(かん)の経験は僕が予期していたよりもずっと多くのものをもたらしてくれているよ。読者と僕の物語を共有する事で僕はとても多くの人々を新たに知るようになった。そして、僕が思うに、充分に記録されうることのないその場その時での人生の様態を彼らは知るようになった。あの時代の音楽、ファッションそして理想主義はワンダフルだったよ。僕は数多くの音楽、人生そして愛がまだ自分の中に残っていると信じているし、最後の息をするまで理想主義的でいるだろう - 僕はそれを acceptance(受諾ー逆らわず、認め受け入れる事)と呼んでいるんだ。

昨日、古くからの友達で癌からの生還者が近しい親戚を二人失ったんだ。「地球は嫌な事を経験させるよな」と彼は言ったよ。でも、ううむ、僕は万物に関する禅のおだやかな精神でそれを(前向きに)捉えているんだよ。"安寧に、出来る限り、しかし無関心というわけではなく(Serene, Almost, but Not Indifference)" とね。

 


Kyle MacLachlan、Angela Yee、僕そして Gayle King、最初の "Le Freak" サロンにて


僕、僕の本が売り切れとなったエディンバラ国際ブック・フェスティヴァルにて


僕の自伝 "Le Freak" が発売されてからそろそろ一年が経つ


経験は僕が予期していたよりもずっと多くのものをもたらしてくれている


"Le Freak" はもう買ってくれたかい?


書店用のサイン入り "Le Freak"


安寧に、出来る限り、しかし無関心というわけではなく

 


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F Jazz Blues Movement

August 25, 2012


7x7TH STREET Animation

数日前、僕は Fringe Festival の為にスコットランドのエディンバラに居た。それは世界最大の芸術に関するフェスティヴァルなんだ。僕は主に作家としてそこに居たんだけど、作曲家としての立場もあった。僕は "7×7th Street" というプロジェクトの一員だったんだ。七人の別々の作曲家が七人の別々のインタラクティヴな彫刻を譜面化(音楽化)した。それは音楽のメイジャー・スケールの七つのトーン(訳註:和音コードのAからGをさす)に対応した色の建物の中にディスプレイされている。これはベルギーのネオ=ポップ・アーティスト、Jean Pierre Muller によって生み出されたものだ。

僕の作曲(担当)はFのキー、色はインディゴ・ブルー(藍色)。どの断片も僕の人生の多くの側面を表わしている。全部で十一分の長さにわたり、七つの楽章からなっている。それは "インディゴ・F 組曲" と呼ばれていて、(本ブログの)この回のプレイリストが "F・ジャズ・ブルーズ楽章" から始まるよ。

 


エディンバラ・ブック・フェスティヴァルで自伝 "Le Freak" の事を話す前、観客の為にジャズを何曲かジャムっているところ


"7×7th Street" 「インディゴ F ハウス」の中の壁のディスプレイ


"7×7th Street" インディゴ・ハウスの中での僕(撮影者が僕の眼鏡の中に写りこんでいるのが良いね)


"7×7th Street" で楽しんでいるところ


"7×7th Street" でのんびりとやっているところ


譜面の「I」の所が "F ジャズ・ブルーズ楽章" の冒頭部(ああ、そこは二重線でもっと強調するべきだよね、分かってるよ)

 


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Importance or Hipness

August 21, 2012


"Le Freak" のオリジナル・ヴァージョンである "Aw Fuck Off" を僕が演奏している横で、ウェルシュ氏がくすくす笑いをこらえている(訳註:8月15日分に添付されている動画参照)

エディンバラでの数日間はまさしく素晴らしかったよ。僕が二つのフォーマルなイヴェントを行ったエディンバラ国際ブック・フェスティヴァルへ赴くのが主な理由だったけど、僕はサマーホールズ・ヴィジュアル・アーツ・プログラムであるエディンバラ・アーツ・フェスティヴァルの参加メンバーでもあったんだ。僕はアーティスト Jean Pierre Muller による "7×7" の制作でコラボレイトした。それは彼と七人のミュージシャン:Robert Wyatt, Archie Shepp, Sean O'Hagan, Mulatu Astatake, Kassin, Terry Riley そして僕が道路全体を使って行う展覧会だったんだ。

その数日間を通してとても多くのハイライト場面があったよ。素晴らしい様々な出会いだけで文字通り一冊の本が書けるね。これはただのブログだから、重要性またはイカしているか(Importance or Hipness)の順番ではなく、全くの順不同で君達にそのいくつかを紹介していこう。

 


確固たる地位を築いている並外れた作家のアーヴィン・ウェルシュが、僕の自伝 "Le Freak" に関するソールド・アウト・イヴェントで僕にインタヴューしてくれた


BBC4の番組 "Loose Ends" のClive Anderson の手前で写っている僕 - 左は同じく "Whose Line Is It Anyway" の Greg Proops


僕と素敵なTVパーソナリティ Sue Perkins、彼女は "7×7th Street" の展覧会について僕にインタヴューしてくれた


"7×7th Street" で僕が担当した一角 - レノックス・ラウンジにあるノーマ・ジーンのポスターに注目(訳註:写真上部、時計の左下)


決して忘れない夜 - 僕がギターを持つと会場中が僕が書いた殆んど全ての曲を歌いだした


ブック・フェスティヴァルの時にこの写真でこのポーズをとるにあたり、僕はアイヴィーサで出会った美しい女性からアイディアを得た


本のサインをする人の列はとても長く、外へ出てビルの周りを取り囲む程に延びていた


"7×7th Street in the Summerhall" のブックレット(展覧会の装飾作業中に撮られた写真)


一回目の本のレクチュアの際、観客が着席する間ジャズのスタンダードを演奏


僕がプロデュースしたデイヴィッド・ボウイーのアルバムのうちの一つを掲げながら席に向かうファン


僕が作った "F Indigo Suite" をフィーチュアした "7×7" の彫刻の前での僕

 


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Edinburgh to NYC

August 19, 2012


ユナイテッド航空 109便 – 英国エディンバラ発 NYC行き

エディンバラ国際ブック・フェスティヴァルでの素晴らしい週末の後で家へ帰るところ。今日のフライトはエディンバラ発 NY市行き(Edinburgh to NYC)。

 

 


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In Words (& Music)

August 17, 2012


エディンバラ国際ブック・フェスティヴァルの著者ロジスティクス担当役員であるエマ・ヘイと僕

僕(の乗った飛行機)が午前十時頃にスコットランドのエディンバラに着陸した時、ちょっとした細雨が降っていたにもかかわらず季節外れに暖かかった。エディンバラ国際ブック・フェスティヴァルの著者ロジスティクス(世話係)担当役員であるエマ・ヘイに僕は出迎えられた。彼女曰く、僕の部屋は昼まで用意ができないとの事だった。荷物をホテルに取りあえず置いて、僕達は朝食をとり、フェスティヴァル会場を見学して二時間ほど時間を潰したんだ。

会場入口に近づいたとき、僕は自分に言い聞かせたよ、「僕は世界最大のブック・フェスティヴァルに来てるんだ」とね。音楽業界では一般的な「ミュージシャン」「タレント」または「オール・アクセス」(といった文字)の代わりに僕のラミネートされたパスに「著者(作家)」とあるのを見て、実のところ少々決まりが悪かったね。

新しい場所で、新しい分野で、新しい人物になるのは、どこか興奮するね。僕の過敏な想像力に火がついたよ。僕はいつも頭の中にサウンドトラック・ミュージックが流れているんだけど、今日はそこに言葉と映像も加わったんだ。とある彫像を目にして映画 Jason and the Argonauts(訳註:1964年公開、邦題「アルゴ探検隊の大冒険」)で彫像が生きて動き出すシーンのことを思ったよ。その彫像の基礎付近は大きなゴム引きで、雨水が溜まり、見る者に連想せしむ言葉の書かれたカラフルな升目で覆われているんだ。僕はそれを「Pick Your Rain Soaked Truth(雨に浸った真実を選べ)」と名付け、頭の中ではテディ・ペンダグラスの歌うハロルド・メルヴィン(&ザ・ブルー・ノーツ)の "Wake Up Everybody (世界よ目をさませ)" が聞こえてきたよ。

大きな本屋に入った時、僕は圧倒されたよ。とても多くの人々にとても多くの本 ー これが本当に僕の新しい世界なのか? そして僕の最初のパフォーマンスが予定されているテントに入り、映画 The Greatest Show on Earth(訳註:1952年公開、邦題「地上最大のショウ」)を思い出したよ。部屋を見回してると、その映画の音楽が頭の中で流れ出した。ステージを見て気が付いたんだ、外の彫像付近のゴム引きエリアと同じ図案にね。その中心にはシンプルにこうあった、「世界、言葉(と音楽)で(In Words [& Music])」。

 


エディンバラ国際ブック・フェスティヴァルは世界最大の本のフェスティヴァルだ


僕のラミネートされたパスには「ミュージシャン」「タレント」または「オール・アクセス」の代わりに「著者」と書かれている


映画の中で彫像が動き出すシーンが大好きだ - 彼が馬に乗ってフェスティヴァル会場を突然走り去って行くのを僕は待っていた


僕がフェスティヴァル会場を歩いていたとき、この大きなゴム引きのエリアに出くわした - 何て呼ぶのか知らないけど、僕は「雨に浸った真実を選べ」と名付けた


エディンバラ国際ブック・フェスティヴァルのお客と見物人達 - 僕は圧倒された


The Guardian Spiegeltent(ガーディアン・ミラーテント)が僕が最初にパフォーマンスをする場所だ


映画 The Greatest Show on Earth のポスター


ステージを見て、外の彫像付近のゴム引きエリアと同じ図案に気が付いた


Le Freak - 僕の世界、言葉(と音楽)で

 


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